Special Super Love

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「不二がいたからな…」
「不二先輩が?」
「そうだ」
どうしてここで不二の名前が出てくるのか?
リョーマは首を傾げて理由を尋ねる。
「あいつは俺と同じ様にお前が好きなんだ。知らなかったのか?」
誰が見ても不二はリョーマを気に入っていると気付いていた。
気付かない方がおかしいくらいに。
「知らないよ…だって俺は国光が好きなんだもん」
リョーマを好きになったのは、手塚だけでは無かった。
テニス部の仲間である不二周助、彼もまた手塚と同じようにリョーマに心を奪われた人物だ。
常に笑顔を絶やさない。
柔らかな物腰で話しかけられれば、誰もが彼に惹かれるのだと、テニス部の誰かがそう言っていた。

「リョーマ君」
不二が呼び名を『越前』から『リョーマ君』に変えたのは、直ぐの事だった。
誰に話しかけるよりも、より一層リョーマには優しい声と笑顔で語り掛ける。
「不二先輩…」
「今日は僕と打たない?」
「いいっスよ」
別に練習相手は誰でもいい。
でも、出来る事なら強い相手と打ち合いたい。
不二はリョーマのちょっとした条件にピッタリの相手だった。
「ありがとう、君と出来るなんて嬉しいな」
「ありがとうって言われても…」
変な先輩だな、これくらいの感想しか無かった。
リョーマには不二のラブラブアピールが全く通じていなかった。
自分が気にしない相手からの好意には全くもって鈍感。これほどまでの猛烈に言い寄っていても、肝心の相手がこれでは、不二も哀れなものだ。

こんな話をしたのは、手塚がリョーマを初めて自宅へ連れて行った時。
付き合い出して2週間後の事だった。
外で会えば、誰かしらに見付かる可能性がある。
まだ手も繋いでないし、キスだってあの日以来一度もしていない。
あの時は両想いだと知って兎に角嬉しくて、つい行動してしまったが、『今思えば何という事をしてしまったんだ』と、自分の行動に反省するしかない。
一緒にいるところ位なら、別に見られても問題は無いと思うが、これが同じテニス部の仲間だったらと思うと、やはり気になるものなのだ。
特に同じ想いを抱いている不二に見付かったら、きっと何かしらのアクションを起こすに違いない。
常に優雅な笑みをたたえ、性格も明るく自己表現も上手い為に友人の数は多く、女子からの人気もかなり高い。
しかし実際の不二は、乾に負けないほどの緻密な頭脳を持ち、計画的に物事を進める完全主義者なのだ。
だがしかし、彼の真実の姿を知る者は、この学園にはテニス部の一部以外いないだろう。
「不二先輩か…悪い人じゃないけど」
「けど?」
「国光以上に好きになれない」
「そうか」
「…うん」
ベッドに凭れながら2人は並んで座っている。
会話をしていれば何も気にならないが、この部屋にはリョーマが楽しめるようなエンターテイメントが何一つ無いから会話が途切れれば、時計の針の音だけが響く。
そうして、気まずい雰囲気になる前に、どちらかが口を開く。
「ねぇ…」
「何だ?」
「…釣り、するの?」
部屋に招かれて視界に飛び込んできたのは、大きなガラスケースだった。
中には数本の釣竿が収納されていた。
「あぁ、趣味の一つだ」
「一つ?」
“一つ”と聞いて、他に何があるのかが気になるのは当たり前の反応。
「他には何があるの?」
「他か、登山とかキャンプだな」
「へー、アウトドア派なんだ」
反対側の壁に飾られている山の写真も、前に登った事がある山だと教えられた。
意外な趣味に素直に驚いた。
自分が聞かれたら趣味と言えるものなんて、入浴剤を入れた風呂とかテレビゲームだなんて、テニスを抜いたら如何にもインドア派。
外に出るのが嫌いな訳じゃない。ただ、面倒なだけ。
「お前も行ってみるか?釣りに」
「俺?いいよ。釣りなんて俺の性格に合わないし」
「それもそうだな」
部活中でも判るリョーマの性格からして、ただじっと待つだけの釣りなんて性に合わないだろう。
好きなものは好き、嫌いなものは大嫌い。
まさしく子供の理論だが、『恋は盲目』に成り下がった手塚にとっては、それも可愛いと感じるのだ。
「…何かムカつくかも…」
「怒ったのか?」
「…別に」
ぷいと横を向いて拗ねているこの恋人が、やたら滅多ら愛しくて、腕を伸ばして小さな肩を抱く。
「リョーマ…怒ったのなら謝るから、こちらに向いてはくれないか?」
耳元に唇を寄せて、囁くように呟いた。
少し低めのテノールは、リョーマの身体にほんの少しだけ熱を与える。
「…怒ってないよ」
「本当か?」
「うん、だって本当のコトだもん」
仕方ないし、と諦めたような言い方で手塚に返す。
この小さな恋人は、普段の生意気な雰囲気とはまるで違う雰囲気を2人きりの時に現す。
感情を表に出すのが苦手なのは2人ともが同じだけど、自分にだけはこうして甘えてくれるから、自分が特別な存在だと強く感じられる。
好きだと実感した時から、「いつかこうして2人きりになれたらいいな」と、夢にまで思った。
付け加えるのならば、夢の中ではこんなふうに他愛の無いお喋りに身を投じたりはしていない。
夢の中では衣類なんて身に付けていない。
互いが生まれたままの姿を惜しげもなく晒し、獣のように絡み合っていた。
中学生でありながら何と言う淫らな夢を見てしまったのだろうと、何度も反省したものだ。
だが夢に見ると言う事は、どこかで望んでいるのだ。
肉体関係を結ぶ事に。
しかし、まだ早い…。
「今は趣味よりリョーマだけどな」
「ぷっ、何それ。変な言い方」
笑うとその振動が肩を抱いている手塚の腕にも伝わる。
「笑うな、俺は本気だ」
自分でも変な言い方に気付いたのか、頬を少し赤く染めて、照れ隠しのように身体を抱き寄せる。
「うん、わかってる。嬉しいんだよ」
自分も照れ隠しで笑っていただけ。
ことん、と頭を手塚の胸に預けて目を閉じる。
「リョーマ…好きだ」
「俺も好き」
男同士の恋愛なんて日本じゃ有り得ないと考えていたのに、今はこうして同性の胸に抱かれている。
同性愛の本場とも言えるアメリカで育ったので、どちらかと言えば、それほど否定的では無かったが、日本人は保守的な考えをするからきっと難しいのだろうと思っていた。
それに自分が男と恋愛をする可能性なんてゼロに等しいとしか思わなかった。
なのに、今は…。
この人としか恋愛が出来そうに無い。
たった二週間で未来を決め付けるのは、まだ早過ぎるかもしれない。
それでも、今は…。
「国光だけは違うんだ…」
「……?」
ポツリと呟いた言葉は、どうやら手塚の耳には届かなかったらしい。
「何でもない」
こんな気持ちを何て言ったらいいんだろう。
心の中まで温かい何かが流れてくる。
こうして近くにいられるだけで幸せ。
「リョーマ」
「ん?何」
「…キスをしてもいいか?」
「…キス?うん、いいよ」
キスをするのにも、まだ許しを請う。
承諾を得ると、ゆっくりと2人の顔が近付く。
触れる瞬間にお互いが瞳を閉じた。
「…ん…」
手塚はキスの経験が無いなんて嘘だ!と、思えるほどのテクニックを行使している。
自分の唇で形をなぞるようにゆっくりと触れ合う。
軽く下唇を噛む。
ほんの少しの隙間に舌を差し入れる。
歯列をなぞり、舌を絡める。
その頃には、思考能力は全く機能しなくなる。
キスだけでもこんなにドキドキしてしまうのに、この先を求められたら一体どうなってしまうんだろう?
その前に、この人はそれを望んでいるんだろうか?
男同士の恋愛において、障害となるべきものはいくらでもあり、それをこの人は本当に承知しているのか?
「リョーマ…好きだ」
「…ん…」
「大丈夫なのか?」
「…うん…」
長い口付けの後、焦点の合わない瞳を見ると、殊更優しく髪を撫でて、気分を落ち着かせようとしている。
うっとりとした表情のまま、リョーマは手塚のされるがままになっている。
「…国光って、キス上手すぎるね」
「俺が?」
撫でていた手をピタリと止めて、リョーマの言葉を反芻する。
「だって、初めてだったんでしょ?キス」
「そうだが…」
「あの時も今も、俺…すっごく…」
続けて言葉を繰り出そうとしたが、あまりの恥ずかしさに途端に顔が真っ赤になる。
「凄く、何なんだ?」
その先を聞きたくて、手塚はリョーマの身体をきつく抱き締める。
きっと自分にとっては、かなり喜ばしいセリフのはずだから是非とも聞きたい。
「リョーマ、教えてくれ」
期待に胸を弾ませている手塚の表情が、何とも楽しそうで、そんな顔をもっと見てみたいとリョーマも密かに心に思う。
「…えっと、その…身体がふわふわして、胸がドキドキして…もっとして欲しくなる…」
しどろもどろになりながらも、思いつくままポツポツと言葉を繋げていく。
上手く言葉に出来ないのがもどかしい。
「そうか、俺も同じだ」
「国光なのも?」
「あぁ、キスをするのにも勇気がいる」
「勇気って、国光でもそんなふうになるんだ」
常に自分よりも大人な態度で接しているこの人が、自分とキスをするのに勇気が必要だなんて嘘のようだ。
「お前にだけだ、こんな気持ちになるのは」
「俺だけ?」
「そうだ、だから責任を取ってもらおう」
「責任って、何で俺が!」
あまりの手塚の言い分に、リョーマは思わず声を荒げてしまった。
恋に落ちたのはお互いなのに、どうして自分だけが責任取らないといけないんだと、噛み付きそうな剣幕で見上げるが、手塚の表情は真剣そのものだった。
「…お前が俺を狂わすんだ。その瞳も、唇も、声も…俺にとっては全てが媚薬になるんだ」
「び、媚薬って」
如何にもこの先を求めている言い方に、ごくりと唾を飲み込んでしまう。
やっぱり、この先をしたいと思っているんだと、一気に理解した。
「緊張するな、別に今は何もしない」
一気に固まった身体に苦笑いを浮かべる。
わかっている、リョーマはまだ子供なのだ。
年齢だけで言えば、ついこの前まで日本ならランドセルを背負って、小学校へ通っていた正真正銘の子供。
自分だってまだ中学3年生。
どうしたって子供に分類される年齢である。
見た目だけなら年齢以上に見られるが、中身は所詮中学生、義務教育の最中なのだ。
最近の子供は初体験が中学か高校なんて言っているが、自分にはまだ早い…と、言い聞かせている。
こうして言い聞かせないと、すぐにでも手を出しそうな自分が自分の中に確かにいるのだ。
リョーマを見ていると、男としての本能が動き出しそうだった。
「…国光ってさ」
固まった身体をゆっくりと解き、胸元に身体を預けた。
すると自然に背中に腕がまわされる。
「何だ?」
「ストイックに見せておいて、意外とエッチだよね」
キスだけで物足りなくなったら、きっと身体を求める。
手塚の中には普通に性への欲望がある。
自分だってあるが、この場合だと受けるのは自分なのだろう。
「エッチ…」
「そ、何だかギャップが激しそう」
それも楽しいけどね、と付け加えると、リョーマも手塚の背中に両腕をまわした。

本当にリョーマにはまいってしまう。
自分に言い聞かせた言葉が、今にも粉砕されそうだ。
身体を重ねる行為は男女ならともかく、男同士ともなれば、いろいろな危険が伴うだろう。
生殖行為とは違う、快楽を求める為だけの行為。
あまり自分の知識に入れたくない為に、敬遠していた性行為の勉強を、その日の為にそろそろ始めなければいけない。
何事にも予習は大切だ。
この日から、市内の図書館を頻繁に通う手塚国光の姿があった。

学校では見付からない、いかがわしい本を求めて。





ラブラブですよ。